●   M O N T H L Y   S K  E T C H E S



JAN.2008
新年あけましておめでとうございます。昨年は過負荷が続き、多くの方にご無礼をいたしました。本年も相変わらず、想いは空を飛びまわり、地に足を着けることができない年になると思いますが、引き続き、よろしくお願い申し上げます。
今年早々、卒業制作展に向け、制作が再開します。3月末には東京六本木のアクシス内、JIDAデザインギャラリーにての展示も予定しております。詳しくは改めてご案内申し上げます。
その制作途上のスケッチをご覧ください。次世代の自動車をテーマに、変形6輪という新しいレイアウトでデザインを進めているものです。実物大のテーピングスケッチを久しぶりに描いてみました。高さや大きさの感覚が良く理解できるので、新しいパッケージングの提案に向いています。昔は、テーピング用の紙テープを基本に、ビニールテープで色面を作ったりしましたが、最近は様々な色のマスキングテープが、ホームセンターで手に入るので、それを使って見ました。ボディ色がそうです。濃淡の青いテープを組み合わせています。窓や影の黒色、灰色部分はビニールテープを使いました。
細い黒ラインは、昔、デザイン用品店のTOOで購入したものを、細々と節約して使っていましたら、細川先生から、ドサッと差し入れしてもらいました。感謝!ハイライトの細線も白の紙テープを使います。これも買い足さなくてはならないのですが、まだ売っているかなあ?その他、アクリルの白ジェッソや、缶スプレーも適時使用します。材料の混用、艶の有無は気にしなくて良いです。
07年2月のMonthly Sketchで最近の学生はスケッチを描かないという話を書きました。ところがエクステリアデザインを目指していた後輩のH君は、それを読んで発奮し、改めて仕事外の時間にスケッチを描き続け、見事某自動車メーカーの、それもアドバンス部門に就職を果たしました。おめでとう!パソコンに向かって細々と文章を打ってきたかいがありました。今後も参考にしてもらえたら幸いです。

MAR.2007

FEB.2007
 良く判らないんだよね?最近若い学生やデザイナーが自動車メーカーでクルマのデザインをしたいと言って相談に来るのだけれど、「じゃ、どんなのを描いてるの?」と聞いてみても大してスケッチを持っていない。小さい紙にチョコチョコッと描いたのを見せて、眼だけ希望に燃えて輝かせてもらっても、運命の神様は振り向いてはくれない。とにかく下手でも良いからこれが俺だというのをどんどん描きなさいとそそのかすのだけれど、のってくれる子は少ない。本当にクルマのデザインをしたいと思っているのか?クルマのデザインが好きなのか?その辺が良く判らない。
 17年前に専門学校で教えていたとき、ちゃんとそそのかされて毎週スケッチを描いて持ってきたT君は見事にトヨタ自動車のデザイン部に入ることができた。
 時間があったら描かずにはいられない。頭の中はいつも新しいクルマのデザインでいっぱい。その位でないと自動車のデザイナーにはなれない。というわけで昔、空き時間を見つけてはA3のコピーペーパーに描いていたスケッチの1枚です。特にテーマもなく造形的に閃いたのを残したもので、ジオメトリックな造形テーマが見られる。

 用紙はPMパッドなどではなく、普通のコピー用紙にマーカーと色鉛筆、パステルと定番の画材だ。PMより紙の吸い込みが良いので、深い色が出るが、反面マーカーが早く減る。また下に透けるので注意が必要だ。紙の表面がPMより粗いのでパステルは普通より優しくそっとのせてやる。

拡大スケッチ
JAN.2007
前後のスケッチを見比べて欲しい。これは2種類の車が描いてあるのではなく、1種類の車の変身した二様の形態を表したものである。ジャッキー・チェンが乗ったスパイダーのベースになった国内名=ミラージュ、欧州名コルトがモデルチェンジしたため新たに開発された車である。“Colt Aiolia”の名前で1988年のパリショーに展示デビューし、その後新型モデルのプロモ−ションのためにヨーロッパ内を巡業公開された。いくつかのオープンバージョンのスケッチを描き、選ばれたのがこの変身するスケッチだった。通常は2ドアハッチバックなのだが、開放感を楽しみたい時にスイッチを押すとグリーンハウスがアンダーボディ内に取り込まれ、2シーターカブリオレとして楽しめるというものだ。今でこそハードトップが電動でボディ内に収納されるスポーティーカーは各社から販売されポピュラーになったが、当時のショーカーでもこのクラスではなかったのではないか?しかもハードトップというコンパクトなマッスからの変身ではなく、ワゴンタイプの長い屋根が消え去るのである。
 デザイナーは簡単である。こんなのができたら嬉しいなと、2次元のスケッチをそれらしく書けば良いのである。この絵のように。しかし誰が作るのだ?どのように実現するのだ?
 製作はいつもお世話になっっていた夢工房だ。責任者のNさんが車体製作から機構の開発、ショー会場でのメインテナンスと一切を仕切って実現してくれたのである。泣き言は聞いたことはないが、その苦労は凄まじいものだった筈である。何度となく放り出して逃げようと思ったのではないか?先ずサイドとリアのガラスが降下する。次に屋根が油圧ダンパーによってベルトラインまで降りてくる。この時にBピラーとCピラーも一緒にボディ内に収納される。その後各種のスペーサーがベルトラインと屋根の隙間をふさぐのである。これらが油圧とアクチュエーターを使って順繰りに自動で作動していくのである。ワゴン時には一応2+2と少しの荷物も載せることができる。内部を見ると30個近いリレーと配線が整然とレイアウトされていた。しかし隙間と部品同士の合わせのチューニングは大変だったと思う。ちょっとひっかかったらそれまでだ。下手するとモーターが焼きついてしまう。結局国内で完成車を納品したものの、パリショーの最中にNさんとスタッフは呼び出されて車につきっきりだった。
ボディ前部はベース車そのままだが後部は全く別物で、FRPではなく板金の手叩きである。まだかろうじて職人さんが残っていた。前のスパイダーも板金製だったな。FRP製ボディは後で面が狂ってきそうで何となく不安が残るが、板金ボディはその点安心できる。特に実車上に架装するときはシャーシに溶接できるのでその点でも信頼できる気がする。ただFRPのショーカーでも実走行しているので、気分的なものだとは思う。
スケッチはセオリー通りマーカーとマーカーエアブラシで面を塗り、プリズマ色鉛筆で仕上げたものだ。背景はパステルの粉をシンナーで描き広げた。手間を省いて後ろのスケッチも同じ大きさにしたが、一回り小さく描くべきだった。描き込んでないので白くフラットになってしまい、眼の補正作用も働き手前の車より大きく見えてしまう。これは失敗。


拡大スケッチ
DEC.2006
 最近ではスペースシップ1で宇宙旅行への関心が高い、航空機エンジニアのバート・ルータンをご存知でしょうか?鬼才と呼ばれる位に過去の既成イメージにとらわれない設計言語をもったエンジニアです。1974年、オシュコシュに行った時に見たデビュー作“Vari Vigen”にはビックリしました。カナードという前尾翼を採用したその飛びっぷりはスローながらフワフワと破綻しそうで安定した独特のものでした。この時の彼は新人でしたが、その8年後に再度訪れた時には、彼の最新作“Vari Eeez”は大人気で、何十機という機体がアメリカ中から集まっていました。オシュコシュのエアショーはホームビルト機の大会として有名で、設計図に従って自作した機体で皆が飛来して来るのです。この大会中のオシュコシュ空港は、世界一のシカゴ・オヘイア空港をしのぐ離発着数の多い空港となります。その後も彼は長距離飛行機“Voyager”で世界一周記録に挑戦する等、アメリカ航空界のスターです。
 そんなバート・ルータンに影響を受けてスケッチを描いたのがこの“Canargo”です。カナード翼を採用したカーゴ機というわけです。カナードの場合前尾翼も浮力を発生していますので、輸送機には有利ではないでしょうか?四角いボディ断面は昔のショート・スカイバンを思い出します。
 画材は珍しくウェットです。水彩のガッシュでバックグラウンドを予め描いておいて、乾いてからその上に白のガッシュと黒のマーカーで明暗部を描き起こしました。バックグラウンドの準備させしておけば、時間がかからない割りに厚みを感じさせるスケッチを作成できます。一度試してみてください。

 ところで前尾翼って矛盾した変な名前!古新聞みたいなものか?


拡大スケッチ
NOV.2006
 1984年制作のミラージュスパイダー=海外向けにはコルトスパイダーと呼ばれたカスタムカーのスケッチです。ロールバー風の処理は最終案と同じですが、サイドウィンドウやブリスター風のフェンダー処理が異なっています。屋根を切り取るため、ボディの補強としてサイドシルの部分を高くして強度を確保しています。最初から普通のカブリオレとは違ってキャンバスのシフトトップや、FRPハードトップを付けることは全く考えていません。昔大好きだったフォードのマスタングTのようなオープンカーが作りたかったのです。ミラージュはミッドシップではありませんが、低いウィンドシールドにより、独特のレーシーな雰囲気が出たと思います。マスタングTは、名前はヒットした市販車に受け継がれ、デザインはレース用のフォードGT40に発展しました。
 スケッチはクリアプリント紙にパステルで背景を描き、マーカーと色鉛筆で車体を仕上げたものです。人物と車体の影は、クリアプリントの透過性を生かして裏から描いたもので、当時流行したテクニックです。1色のマーカーで2階調を作れる便利さと、表面にむらが出ないのが利点です。5分の1のスケッチです。
 車は最近のFRP製ショーカーと違って、鈴木板金(現ベルコ)による手叩きのスチール製です。マカオGPでジャッキーチェンがこの車に乗って気に入り、彼の映画に出演することになりました。


拡大スケッチ
OCT.2006
 1991年に描いたソーラーカーのスケッチです。前後タンデムの二人乗りで、6mの枠をフルに生かして市販レベルのソーラー電池で大きい発電量を確保しようとした考えです。昔のデイトナコブラのようにDOHCではないが大排気量のエンジンを使ってポルシェに対抗したような考えです。いわば日本GPで酒井正がとった戦略です。1993年にホンダが二人乗りで自らの記録を破ったのも同じ戦略だと思われます。しかし大排気量のDOHCで来られてはプライベートは敵いません。最近の日本のソーラーカーでは殆ど使われない、サイドソーラーパネルを設置しています。鈴鹿のように日射角度が常に変化する場合は不利ですが、オーストラリアの散光の多い一直線コースでは、まだ悪くないと思うのですが?
 実は勝負よりも、長くて暑くて退屈なスチュワートハイウェイを、走り方を相談したり、楽しくおしゃべりしながら走行したいというのが二人乗りにした一番の理由であります。
 スケッチは6色のマーカーのみで後はパステルでサラッと仕上げたものです。学生のうちはエアブラシやコンピューターではなく、基本的な画材でしっかり沢山描きましょう。特にパステルはグラデーションや、大面積の描画に向いているのでお勧めです。


拡大スケッチ
SEPT.2006
 古いスケッチですいません。ここ10数年は仕事のスケッチが多く、バリエーションも限られ公開しにくいので、どうしても昔のアートセンターの時のになってしまいます。
 インダストリアルスケッチのクラスでのことでした。最初に白黒で下書きを描くのですが、それを見て、先生のピエトルスカが一言“Boring !”と言ったのです。退屈な絵だ!というわけです。その時は実は意味は知りませんでしたが、良い意味ではないことは判りました。デザインも、特に構図が普通で面白くなかったのです。それで白黒で何枚も描き直し、OKをもらってからカラーで描きなおしたのがこの絵です。視点を下げてパースを強くしました。
 ピエトルスカはポルシェマニアとして有名で、"Perpetuating Porsche Paranoia"という絵本を当時著しています。まだ学校でも教えているようです。また最近ではAutomobile Quartely46-1号に自動車をテーマにした彫刻作品を披露し、表紙を飾っています。


拡大スケッチ
AUG.2006
 ドクターマーチンの発色は本当に良いですね。このスケッチのバックグラウンドに使ったカラーインクのことです。紫系は混ぜて作ると発色が落ちやすいので単色で使ったものです。ただ水彩絵具に比べると耐久性がないので、イラストレーターの佐々木悟郎さんはドクターマーチンからウィンザー&ニュートンに変えたと著書の中で書いていました。しかし描いてから既に23年間経つのですがポートフォリオの中に入れっぱなしだったので、褪色は見られません。ちなみに佐々木さんはアートセンターの5年ほど先輩にあたります。といっても実は年下で愛知芸大の後輩ですけれど。
 これはアートセンターのホンダプロジェクトの時に描いたスケッチです。最後の学期で余裕があったので、自動車の授業以外に人間を描くFigure Indicationのクラスをとりました。先生はLeynnwoodといい、人間の体を球や長方形で構成して描く方法を教えてくれました。ドラえもんのお絵かき唄みたいな感じですね。その授業の成果を生かしたかったので、デザインしたバイクに女の子を組み合わせたのです。Figure Indicationのクラスメートにモデルになってもらったのですが、典型的な白人顔がモンゴロイドっぽくなってしまいました。

拡大スケッチ

JULY.2006
  四輪駆動のソーラーカーという設定です。1987年にオーストラリアのソーラーカーレース=ワールドソーラーチャレンジに行ったときに、うちのチームの車が重かったので、主催者のハンスがこれならパリダカに出れると言ったのが心に残っていました。実はソーラーカーは道路インフラの整っていない場所の方が相性が良いと思っています。そこでパリダカにも出られるような四輪駆動のソーラーカーをデザインしてみました。アプローチアングルとでパーチャーアングルを確保するために最低地上高を高くしたデザインとなっています。
1990年ごろの年賀状にも採用したのでご覧になった方も見えると思います。
拡大スケッチ

JUNE.2006
  もう23年前のことでした。自動車雑誌のルボランから各自動車メーカーにデザインスケッチの依頼が来たのです。三菱自動車からは僕と後藤君がデザインして掲載されました。その時に描いたスケッチです。未来の車という設定でしたので、思い切ってボディが2つに折りたため、走行モードに応じてホイールベースが変わるというものでした。エンジンで駆動される油圧ポンプから各車輪に油圧で伝えられて走行する考え方です。今なら簡単にモーターで各車輪を駆動してしまいます。
 また折りたたみ機構には輸送船に使われる油圧ヒンジの応用を考えていたものです。
 これを海外企画部のK部長が見て、面白いから作ってみようと声をかけてくれたのが、それからのアフターワークプロジェクトの始まりでした。K部長はホッチキスカーと呼んでいました。この車自体は技術的にも難しく実現しませんでしたが、その検討のプロセスからミラージュのスパイダーが候補にあがり実際の車となったのです。ジャッキーチェンの映画“サンダーアーム”に出演した車です。
 当時のルボランを読み返して見るとなかなか興味深いです。トヨタ自動車は少しクルマからテーマを外して、人間自体が移動する、乗り物というより衣服を提案しています。そのアイディアと、このホッチキスカーを足して2で割ると愛地球博に出品されたi−Unitになるわけですね。

 ちなみにスズキ自動車からは現在名古屋芸術大学で教えられている片岡先生が参加されていました。